認知症予防が長続きしないひとつの理由

先日の朝日新聞デジタルに次のような記事が記載されました。

 

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認知症予防の決定打はまだ見つかっていない。期待し過ぎるのはよくないが、散歩が体にいいのは間違いないだろう。ただ、習慣にするのは意外と難しい気がしている。


朝日新聞デジタル「(1分で知る豆医学)歩く:3 認知症予防に期待」

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認知症予防事業に携わって感じていることは、健康が人生の目的ではないように、認知症予防も目的ではないこと。

 

健康も認知症予防も、自分が理想とする人生を生きるためのいわば「ツール」です。

 

なお、ツールと称すると軽く捉えがちですが、健康を失うと人生の目的のほとんどを失うことになりますので、健康は人生の重要事項であることには変わりありません。

 

認知症予防については、研究が進み様々なアクティビティや生活スタイルが提唱されています。

 

それらの内容は、誰でも取り組めるシンプルなものですし、お金もほとんど要しません。

 

たとえば、先の朝日新聞デジタルでは、認知症予防の手法として「歩く」ことが紹介されています。

 

実はただ歩けばいいというわけでもなく、認知症になりにくい体作りの指標として、一日8,000歩の生活歩数+20分の早歩きが推奨されています。

 

手法としてはまさにシンプルかつフリーの代名詞みたいなものですが、問題はこの生活改善が長続きしないことなのです。

 

さて、本題として、認知症予防の習慣化が難しいのは、認知症予防の対象者となる高齢者に認知症予防の手法にまず目を向かせるからであります。

 

対象者である高齢者には、「誰とどこでどんな風に余生を送りたいのか」について考えていただき、それを明確化することから認知症予防はスタートするのです。

 

たとえば、「世界一周巡りをして、世界の美しいところを夫婦で見て回りたい(まあ、これは私の余生の願望ですが)」と生きる目標を具体的に言葉にしてもらうのです。

 

そうして願望が明確化になったときに、「夫婦そろって認知症になっている場合ではないぞよ」と認知症予防のプログラムも自分ごととして積極的にチャレンジするようになるのです。

 

「あなたはどんな余生を送りたいのでしょうか?」

 

認知症予防は、この質問からの問いに答えることからスタートするのです。